戦略的コミュニケーションがご専門で、グローバル人材コンサルタントでもある高杉尚孝・筑波大客員教授への「グローバル人材」に関するインタビューの最終回。
今回は、
「企業の人材育成の取組み」、「高杉さんご自身のキャリア」、「社会人の学び」の3つについて伺いました。
<聞き手:Kisobi 浦部洋一>
- ※前回までのインタビュー
- 「高杉尚孝・筑波大客員教授にグローバル人材について聞く」
- (1)日本人は説得のためのコミュニケーションが苦手
- (2)グローバルリーダーにMBAは必要か
- (3)新興国マーケットを開拓する人材が求められている
- (4)強い意志をもって異文化環境でまわりをリードする
- 高杉尚孝(筑波大学大学院客員教授、高杉尚孝事務所代表)
- <略歴>
- 慶応大学経済学部卒、ペンシルバニア大学ウォートン経営大学院MBA。NHK ETV「英語ビジネスワールド」元講師。マッキンゼーやJPモルガンのニューヨーク事務所勤務を経て独立。大手企業幹部向け研修を、成長意欲の高いビジネスパーソンに公開している。
企業の人材育成の取組みについて
──日本企業では、グローバル人材の育成が課題になってきています。企業の人材育成の取組みについてはどう思いますか。
高杉:私の知る範囲でお話しますと、企業としてはそれなりに取り組んでいるものの、企業内の人材育成の位置づけが限定的だと感じます。
人材育成や社員の学習を人事部門、人材開発部門だけに委ねている企業が多いと思いますが、それでは不十分です。
人材育成や学習が企業の哲学・カルチャーとして中心になると、本当の人材育成ができると思います。そうなれば、企業にとっても持続可能な大きな強みになるはずです。
──欧米企業も同様なのですか。
高杉:基本は自分で育ちなさい、ですね。早い段階で選抜しますし。
日本企業のように、社風に合ったトータルの人材として育成しましょう、という姿勢はあまりありません。限られた企業や層を除いて。幹部候補生は、自分で学んでいる人が入社してきます。
日本は、新卒を採用して、企業が自社に合うように教育していくという流れが強かった。それも、特定の分野においてキャリアを積む傾向が強かった。そのため、上層部になっても、社風は良く分かってはいるのものの、仕事は自分の専門分野しか分からないという人が多い。これはまずいです。
日本企業では、現場での人材育成は、特定分野においては行われていました。
それではいけないということで、少なくとも知識レベルにおいては経営を横断的に勉強しておきましょうとMBA的な講座を通して、人事部や能力開発部門は頑張っています。しかし、実践的なトータル経営者、トータルマネージャーとしての教育はあまりなかったと思います。
多くの企業は、経営的人材を増やさなければならないということで、選抜型の研修を行い始めました。
ただ、選抜された人の中に例えば、アカウンティングやマーケティングの知識を持たない人もいるので、そこから研修をやらざるを得ない…ファイナンスなんて見た事も聞いた事もない。
今までの人材育成の流れと、今後求められるであろう、グローバルな展開、他国のシステムとの融合という点で不具合がでてきています。
欧米の企業であれば、技術畑の人であってもマーケティングやファイナンスなどの基礎知識をある程度もっている人が多い。日本の場合は、全く持ち合わせていない人が多く、急にやろうとすると分からない部分が多い。予備知識があるのとはだいぶ違う。
──欧米では、自分でMBAに行く人が多いと思いますが、日本では難しい。企業が、社内でそれに代わるトレーニングを提供すべきなのでしょうか。たとえば、課長になるなら、会計やマーケティングの知識があったほうがよいと思いますが…
高杉:日本のビジネスパーソンは、会社に入ったら実務重視と言って、自分の携わっていない分野を勉強しようという発想が弱い。勉強は学校で終わっていると思っています。必要になったときに学習すればよい、という考え方が強い。
そうなると、自己啓発型トレーニングメニューを人材開発側が揃えても、積極的には履修しないという状況が生まれます。
いくら人材開発部門が仕組みを作っても、事業部門長が必要性を理解していなかったりする… 彼ら自身が専門分野で育って来た場合が多いのですから。経営層自体の意識の問題です。
自分の専門分野以外の科目もある程度わかっていないと昇進できないなどのシステムを作ってしまえばよいですが、実際には難しい。
人材育成は業績に直結するのだと説明できればよいですが、育成は、中長期的に効果が現れる話で、短期的な業績には直結しないため、説得が難しいと思います。人材育成・学習を重視する方向に企業文化を変える話ですね。
高杉さんのキャリアについて
──ここからは、高杉さんのこれまでの経歴についてお聞きします。特に、どのようにキャリアを積み上げてこられたのか、という観点で。
高杉:キャリア構築の中でグランドデザインがあったかというとありませんでした。社会人になった頃は、経営層、既存のグローバルな組織の経営層を目指していました。
それを目指すために、効率よく学ぶにはどうすればよいかを考え、外資系の大きな会社を選びました。
いろんな側面を学びたいという意味で、留学もしましたし、コンサルティング、金融、コミュニケーションの分野で仕事をしてきました。
3〜5年を1つの区切りとして考えていて、自分のやりたい事、やった方が良い事、できる事、の3点から折り合いをつけました。どんなにやりたくて、やったほうがよくても、やれなければ意味がないので、やれる範囲で、3〜5年の範囲でやってきました。
コミュニケーションまでやった段階で2つのチョイスがありました。1つは経営の道。外資系企業のトップなどですね。もう1つは、ティーチング。その中でもアカデミックか実務かという分かれ道があり、私はティーチング、中でも企業の人材育成という実務を選びました。それを現在まで続けています。
今後の展開についても考えています。
今まで、通算5万人くらいの能力開発のお手伝いをしてきましたが、一部の大手企業の社員に限られていました。
今後はその対象をもっと広げたいと思っています。これからのビジネスパーソンとして大事な基礎力、グローバル人材の基礎でもある部分をテクノロジーを使いながら、幅広く学んでもらいたい。それが、Kisobiを始める発想につながっています。
──最初にモービル石油に入社されたときから、3〜5年で転職すると考えていましたか。
高杉:MBA留学はしたいと思っていましたが、入社のときには3〜5年で転職するとは考えていませんでした。結果としてそうなりました。モービルに入った時にはマッキンゼーの存在すら知らなかった(笑)。
──会社を辞めてMBAに行かれたのですか。
高杉:いいえ、企業留学です。ビジネススクールに行ったことで、早くマネジメントを学びたい、という思いが強くなり、マッキンゼー日本支社に入りました。
──社員が辞めると会社とって損失では。
高杉:どう考えるかですね。モービル出身の人がいろんな所で活躍してくれる。間接的だけれども、そういうメリットはあると思います。リクルートやマッキンゼーはそうですよね。
会社にとっては、短期的に見れば困るが、長期的にはプラスになると思います。辞めた本人がいうのも何ですが。。。
私がMBAに行った1983年でなんと留学制度20期なので、モービル石油は1963年から企業派遣をやっていたわけです。留学先のウォートンスクールに日本の大手生命保険会社派遣の同期がいましたが、彼は留学制度第一期生でした。
モービル石油は、かなり例外的だと思います。人事制度・能力開発制度という面ではとても先端的でした。
就職活動では、他の外資系などにも行きましたが、MBAホルダーしか採用しない、ということで、新卒採用には積極的でない企業も多かったですね。
モービルは、販売をやっていた経緯もあり、日本国内での活躍できる人材をほしがっていました。一概に外資系と言っても、業務の展開によって、人材育成の仕方がだいぶ違ってきます。
──モービルを辞めてマッキンゼーに転職されましたが。
高杉:短期間で経営の全体像を持ちたい、学びたい、という思いがありました。大前研一さんの著作の影響もありましたね。
──その後、金融やコミュニケーションに移られていますが、異分野へ転職できたのはなぜでしょうか。
高杉:連続性はあるんですよ。マッキンゼーの時には、金融機関のコンサルティングをやっていたので、金融に対する多少の知識がありました。
それからJPモルガンのM&A部門。M&Aの分野は、金融の分野であると同時に、すこぶる経営戦略的な分野でもあるのでコンサルティングとの連続性がある。また、バブル絶頂期で、日系企業も企業を買収する、というのが始まった時代でした。
JPモルガンを辞めて、PR戦略コンサルのバーソン・マーステラに移ったときも、企業イメージ戦略立案、危機管理広報やIRが仕事でしたので、IRの部分などは企業価値をいかに高めるかという点で、企業財務や金融との共通項がありました。企業のイメージ戦略等も、その基本は企業戦略立案ですから、コンサルティングの手法を活かすこともできます。
このようにキャリアの連続性はあったので、「やれますよ」ということで経営陣を説得しました(笑)。
外から見ると、全然違う分野をやっているように見えますが、内部的には連続性があります。ただ、一般的には、あまりマネしないほうがいいキャリア構築のようですが(笑)。
でも、個人的には、経営を幅広く理解するという意味でリスクヘッジしてきた結果、こうなりました。逆にある特定分野に特化することのリスクもあると思います。ある日突然、その部門や会社ががなくなるとか。。。
──キャリアの幅を広げる方向に進まれてきたように見えますが。
高杉:そうですね。General Management志向なので、いろいろ学びたかった。守備範囲の広さという点では、けっこうあるかと思います。
──キャリア上の失敗談は何かありますか。
高杉:失敗談を話し始めたら終りがないですが、もし特定分野のキャリアを選んだらどうなったかな〜と、思うことはよくありますね。
例えば、心理学。心理関連の分野は高校時代から好きだったのですが、その分野には行かなかった。ものすごく枝分かれした分野なので、結果的にはそちらに行かなくてよかったと思います。アカデミックになると、どんどん細分化していくので。
経営者路線を選んだらどうだったのだろうとも思います。多分、外資系の雇われ社長として、日本のオペレーションをマネージしていのだろうなと思います。何社か転々と。
社会人の学びについて
──締めくくりに、「社会人の学び」についてお聞きしていきます。例えば20代、30代の社会人の場合、何をどのように学ぶと良いでしょうか。
高杉:学びは意識的にやったほうがいいですね。
学習を広く捉えると、人生は学習の連続。本を読むのも、仕事をするのも、人と付き合うのも学び。
本当の学びはどこにあるかというと、本を読んで納得することもあるが、日々の生活のなかでじわじわと学ぶものもある。そのチャンスは常にあります。
実は、ぼーっとしていても学んでいるんです。今持っているものを固めているという意味で…
無意識に日々を過ごすというのは、今までの学びを固めていることになります。
ただ、それはあまりオススメする学びではありません。ひとつのパターンをぬり固めることになりがちだからです。
オススメする学びは「新しいものを学ぶ」こと。
今までと違うものに接する。こんな違う見方、違う領域があったんだ、という驚きを積極的に追求する、というのが良い学びだと思います。
──思考のトレーニンングみたいなものでしょうか。
高杉:そうとも言えます。ひとつの態度といってもよいですね。何か驚きはないか、新しいものはないか、今までと違うやり方はないか、という探究心を身につけることです。
──意識しないと学べないのでは。
高杉:新たな学習は変化につながります。皆、変化は怖い。失敗するかもしれないですから。
ロケットも軌道に乗せるのがたいへんですが、そこに面白さを感じるといい。確かに何か学びのきっかけがあるとよいかもしれません。
切羽詰まって、軌道から外れそうになる、というのもきっかけにはなります。
現状に大きな不満がなくても、よし、学んでみよう、変えてみようという意識は大切です。
──最後に、何かオススメの本があれば教えてください。
高杉:少し古い本ですが。いわばクラシック。
戦略的なコミュニケーションの考え方を学べます。組織的な権力のない中で、どうやって影響力を持つか。
グローバル業務には必須のスキルですし、日本のビジネスパーソンの弱い所だと思います。
──長時間のインタビューにお付き合いいただき、ありがとうございました。
高杉事務所へのお問い合わせはtakasugisoken.comへ
<高杉尚孝さんの著書>
「論理表現力」(日本経済新聞社)
「問題解決のセオリー—」(日本経済新聞社)
「実践・プレッシャー管理のセオリー」(NHK出版)
「実践・交渉のセオリー」(NHK出版)
「実践・プレゼンテーションのセオリー」(NHK出版)
「論理的思考と交渉のスキル」(光文社新書)
「交渉力」監訳 (マグロウヒル)
「銀行システムのリストラチャリング」共訳(きんざい)
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