前回、「生産的交渉」とは「お互いの満足度を高める双方向のコミュニケーションプロセス」と説明しました。
今回からは、「生産的交渉」のスキルを身につけ交渉力アップするための、5つの基本について解説していきます。
まず今回は、【基本(1)】「相手の一番ほしいものをつかむ」、つまり「相手の話を注意深く聞く」ことです。
相手の真意を理解する
「相手の話を注意深く聞く」なんて簡単だとか、いつも出来ているという方もいるかもしれませんが、案外難しいものです。
例えば、
・交渉では、自分の主張を押し通すべきだと考えている
・相手が話しているときに、自分が次に何を言おうか考えている
・相手の話をさえぎって自分の話を始める
など、思い当たりませんか?
交渉とは「自分の主張を押し通すこと」と思っている方も多いかもしれませんが、実は逆で、相手の話に注意深く耳を傾けることこそ大切です。
ただ、かなり神経を集中して話を聞いていないと、相手の本当の目的や関心事をつかむことはできません。相手の真意や真の課題は、表向きの発言や要求の裏側に隠れています。注意深く聞くことによって、これらを探し当てる必要があります。
では、交渉の例を見てみましょう。
「相手のほしいものをつかむ」ことに失敗した例です。
失敗例 Bad Example
<状況>
従業員のタケダさんは、自部署への新しいコンピュータ・システムの導入を認めてもらうために、マネージャーのヤマモトさんを訪ねました。
タケダ:
お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。
ヤマモト:
とんでもない。部下の相談を受けるのは、私の仕事なんだから、いつでもどうぞ。
タケダ:
そう言っていただけるとうれしいです。本日ご相談に伺ったのは、新しいコンピュータ・システムの必要性についてです。新しいシステムを入れると、生産性が向上・・・
ヤマモト:
(話をさえぎって)ああ、新しいシステムね。そうだよね、システムは最新のほうが望ましいよね。
でも、タケダくん、君も承知していると思うが、全社的に経費削減の指示が出ていて、うちの部も例外ではないんだよ。今期中に経費を30%もカットしなくてはならないんだ。残念だけど、新しいシステムの話は論外だよ。
タケダ:
しかし、うちの部のシステムが相当古いものだということは、ヤマモトさんもご存知のはずです。他部署のシステムと互換性がない・・・
ヤマモト:
(話をさえぎって)となりの芝は青く見えるもんだよ。うちのシステムだって、ほんの2、3年前に導入したばかりだし、問題なく動いているよね。システムを入れ替えると、必ず障害が発生するから、よけいなコストがかかってしまう。「壊れていないものは直すな」って、ことわざにもあるだろ?
タケダ:
(怒りを隠せず)わかりました。もう結構です。もう少し真剣に聞いて頂けるかと思っていましたが、残念です。
ヤマモト:
いろいろと要望はあると思うが、会社の状況も厳しいということを考えてくれ。また何かあれば、いつでも相談に乗るよ。
どこがいけなかったのか?
結局、ヤマモトさんは、タケダさんの提案を一方的に阻止した形になりました。相手の真意を理解するという観点から、ヤマモトさんの発言の問題点を考えてみましょう。
【1】相手の発言をさえぎってしまった
ヤマモトさんは、2度もタケダさんの発言をさえぎってしまいました。発言をさえぎられると、話していた人は、自分の主張を伝え切る前に無理やり修了させられたと強い欲求不満を感じます。
<良い対応>
まず相手に十分発言させること。自分の主張を全部伝えられたという満足感は、話を聞いてくれた相手に対する信頼感を高めるので、交渉をスムーズに進められるようになります。
ただ、今回のヤマモトさんのように、自分の考えと異なる主張を聞かされた場合、どうしても途中でさえぎりたくなってしまうかもしれません。交渉人(ネゴシエーター)には、そこをぐっと堪えて話を聞き続ける忍耐力が求められます。
次に、相手の真意を探り出すこと。相手の発言に注意深く耳を傾けると、その背後にある目的、関心事、価値観などをつかむことができます。その結果、お互いの満足を高める提案の糸口が見えやすくなります。
相手の真意を探るには、「もし〜したら?」型の質問が効果的です。その答えから、相手の目的や関心事、優先順位が見えてくることが多いものです。
例えば、ヤマモトさんの場合、タケダさんに「もし、新しいシステムを導入した場合、どんなメリットがあるのか?」と質問することができたはずです。
【2】短絡的に自分本位の結論を出してしまった
ヤマモトさんは、発言をさえぎってしまったために、タケダさんの提案のメリットを理解することができず、「新システム導入はお金がかかるばかりなので、経費削減の中での導入は無理だ」と一蹴してしまいました。
タケダさんも、自分の提案がコスト削減つながることを前面に出すべきだったと思いますが、ヤマモトさんはタケダさんの真意をつかめないまま、短絡的な結論を出してしまいました。
<良い対応>
一般的に、人は断片的な情報を与えられると、自分の思い込みに沿った解釈をしてしまう傾向があります。結論を出す前に、相手の真のメッセージを十分理解するよう努めましょう。
交渉においては、相手の発言の主旨を、つど確認することが重要です。不明瞭な箇所を確認するのはもちろん、自分の理解が正しいのか、相手に確認しながら進めます。ただ、あまり頻繁に確認しすぎると、理解に自信が無いように思われてしまいますので、適当なタイミングで要点をまとめて確認するなどの配慮が必要です。
では、これらの改善ポイントを考慮した成功例をみてみましょう。
成功例 Good Example
タケダ:
お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。
ヤマモト:
とんでもない。部下の相談を受けるのは、私の仕事なんだから、いつでもどうぞ。
タケダ:
そう言っていただけるとうれしいです。本日ご相談に伺ったのは、新しいコンピュータ・システムの必要性についてです。新しいシステムを入れると、生産性が向上し、そして経費削減につながります。
- 自分の提案の目的とメリットをはっきりと伝えている。
ヤマモト:
なるほど、新システムを導入すると、生産性が上がるだけでなく、経費も削減できるということか。もう少し詳しく説明してくれないか?
君も承知していると思うが、全社的に経費削減の指示が出ていて、うちの部も例外ではないんだよ。今期中に経費を30%もカットしなくてはならないんだ。
- 話をさえぎらずに聞いた上で、タケダさんの発言について確認している。会社の状況を説明した上で、真意を探るために詳しく説明してほしいと質問している。
タケダ:
うちの部のシステムが相当古いものだということは、ヤマモトさんもご存知のはずです。そのため、他部署のシステムと互換性がなく、手作業でデータを加工してから他部署に渡しています。作業に時間がかかるばかりか、作業のために、多くの派遣スタッフを雇っている状況です。
ヤマモト:
なるほど、現在のシステムは、生産性を下げてるばかりか、経費の増大にもつながっているということだね?
タケダ:
そのとおりです。
ヤマモト:
タケダくん、新システムへの投資にどれくらいのメリットがあるんだろう?
タケダ:
概算ですが、長期的には人件費を40%削減できると考えます。
ヤマモト:
40%か、それは大きいな。システム部門の意見も聞いて、より正確な予測をたててみてくれないか?
- 相手の主張を理解・確認したうえで、実行案につなげるための提案をしている。これが、生産的な交渉。
タケダ:
もちろんです。それでは、できるだけ早くお答えします。
以上、生産的交渉の【基本(1)】「相手の一番ほしいものをつかむ」をご紹介しました。
今日の内容は、Kisobiコンテンツプロデューサー高杉尚孝(ヘンリー高杉)の著書
実践・交渉のセオリー―ビジネスパーソン必修の13のコミュニケーションテクニック
をベースに作成しています。
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