交渉力アップのための生産的な交渉の基本その3は、「次善策で自分を守る」。つまり、交渉決裂に備えて、次善策を用意しておくことで、自分を守るということです。
交渉力が強いということ
あの人は「交渉力が強い」、「自分は交渉力が弱い」などと言うことがあると思います。この場合の「強弱」はどこからくるのでしょうか?一般的には、交渉力が強いという人は「押しが強い」「相手の要求に屈しない」、企業であれば、「企業規模が大きい」「強力な製品を持っている」ようなイメージがあるかもしれません。逆に交渉に弱い場合は、「心理的な圧力に屈してすぐに要求を受け入れてしまう」「企業規模が小さい」などの印象です。
ただ、このように交渉力を限定的に捉えてしまうと、必要以上に交渉相手が強く見えてしまい、不利な合意案を受け入れてしまいがちです。しかし、本当の交渉力は、持って生まれた性分や企業規模のようなものではなく、別のところにあります。
真の交渉力を決めるもの
交渉力を決める重要な要素が、「交渉が決裂した際の次善策」です。交渉術の専門用語では、「交渉外での最善策」通称BATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement)と呼んでいます。
その時点での交渉の合意案よりも、用意していた次善策のほうが有利なのであれば、交渉は決裂したほうがよい、ということになります。例えば、商品の仕入れにおいて、あるサプライヤーと価格交渉をする場面を考えてみましょう。複数のサプライヤーから購入可能な場合、そのサプライヤーとの交渉の合意案よりも、他のサプライヤーからより良い条件で購入できることが分かっていれば、その交渉は決裂させればよいわけです。
このように「次善策」を用意しておくことで、交渉決裂時のダメージを少なくすることができる上に、自信を持って交渉に臨むことができます。つまり、次善策を持つことが「強い交渉力」を持っている、ということです。
「次善策」以外にも、交渉力を強くする要素はあります。
例えば、「より多くの知識がある」「時間の余裕がある」「正当な論拠がある」のようなものです。ポイントは、自分がどのような交渉力を持っていて、相手の交渉力についても、分析しておくことです。
では、「次善策で自分を守る」ことに失敗した、交渉の失敗例をみてみましょう。
失敗例 Bad Example
<状況>
不況の中、リストラの対象になってしまった元中間管理職のヤマダさんが、再就職のために面接を受けています。転職市場も冷え込んでいる中での面接は、どうしても弱気になりがちです。
面接官:
こんにちは。ヤマダさんですね?履歴書を拝見させていただきました。本日は、まず私のほうからいくつかご質問させていただきます。
ヤマダ:
よろしくお願いします。全ての質問にお答えできるか分かりませんが、頑張ってみます。
面接官:
大学卒業後に4回仕事を変わられていますね?全て異なった業界で異なる職種をご経験されているようですが、なぜでしょうか?ヤマダさんのご専門は何だと言えますか?
ヤマダ:
そうですね〜。いろいろな仕事をしてみたかったということでしょうか。専門分野と呼べるものは特にありません。いろいろな経験ができたということでしょうか。
面接官:
そうですか。なるほど。ところで、他に面接を受けられているところはありますか?
すでに内定をもらっているところもあるのでしょうか?
ヤマダ:
実は、何社か面接を受けましたが、内定いただいたところはまだ・・・。
面接官:
そうですか。なぜ当社にご興味をもたれたのでしょうか?
ヤマダ:
まあその、御社は大企業で、業界の地位も確立されています。今、不景気なので安定した企業をと・・・。
面接官:
それはそうですね。今、35歳ですね。例えば、5年後の目標はありますか?
ヤマダ:
5年後ですか?1、2年先も見通しにくい世の中なので、5年後のことなど、あまり考えたことはありませんねぇ。そうですね、たぶん大企業で働いているのではないでしょうか?あるいは起業しているかもしれません。5年も先のことはちょっと・・・。
面接官:
わかりました。本日は、お時間を取っていただき、ありがとうございました。結果については、追ってご連絡さし上げます。
ヤマダ:
こちらこそありがとうございました。よろしくお願いします。
どこがいけなかったのか?
ヤマダさんの面接は、残念ながら積極性に乏しい面接になってしまいました。どこがいけなかったのか、自分の交渉力という観点から具体的に考えてみましょう。
自分の持つ強みを調べていなかった
ヤマダさんの経歴の特徴は、多様なビジネス経験です。その強みを、明快に説明できるよう準備しておくべきでした。
それをできなかったことにより、面接官には転職回数が多いことが、マイナスの印象に映ってしまいました。
自分の強みを考える際に効果的なのが、SWOT分析です。以前、戦略フレームワークのコンテンツとしてご紹介しました。(【SWOT分析】自分の強み・弱みを分析する戦略フレームワーク)SWOTとは自分の「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」の頭文字です。交渉において、自分の強み、弱みを分析することによって、当初認識していなかった交渉力がみつかるかもしれません。
交渉決裂時の次善策を活用できなかった
ヤマダさんは、他社との面接状況について「何社か面接を受けましたが、内定いただいたところはまだ・・・」と答えています。これでは、ネガティブな印象を与えるだけでなく、自分の弱みをさらけ出したようなものです。まだ結果はでていないのですから、今から悲観的になる必要はありません。
何社も面接に進んだということは、各企業がヤマダさんの経歴のどこかに興味を持ったということです。「今まで面接を受けた会社の多くは、私の多様なビジネス経験に興味をもったようです。」のように前向きに答えることもできたはずです。
その上で、「他社への就職もあり得る」という次善策を交渉力として活用するこもできたのではないでしょうか?
面接を双方向のコミュニケーションの場と思っていなかった
冒頭で「全ての質問にお答えできるか分かりませんが、頑張ってみます。」と答えていますが、完全に受け身の姿勢です。謙譲の美徳でなく、頼りなさを露呈しています。
面接は、一方通行な「尋問」ではなく、お互いが情報交換しあう「双方向のコミュニケーションの場」という認識を持つべきでした。質問されるばかりでなく、自ら質問することにより、その企業に対して関心を持っている、と高く評価されることでしょう。
では、改善点を反映した成功例をみてみましょう。
成功例 Good Example
面接官:
こんにちは。ヤマダさんですね?履歴書を拝見させていただきました。本日は、まず私のほうからいくつかご質問させていただきます。
ヤマダ:
もちろんです。私も御社についてもっと学びたいと考えております。
- 自信がうかがえるとともに、面接を情報収集の場として位置づけている
面接官:
大学卒業後に4回仕事を変わられていますね?全て、異なった業界で異なる職種をご経験されているようですが、なぜでしょうか?また、どの分野がヤマダさんのご専門なのでしょうか?
ヤマダ:
その点にお気づきいただき、うれしく思います。
私は、自分のキャリアは自分で築くべきだと考えています。そのために、キャリアの早い段階で、できる限り多くの経験を積みたいと思っていました。
履歴書にもあるとおり、私は、マーケティング、企画、経理、財務分野で経験を積みました。専門にこだわり過ぎず、広い視点で企業活動を見ることができるようになったと思います。
- 自分の転職をマイナスと位置づけず、多様な経験は貴重な資産として認識している。自分の交渉力は何か、を事前に考えた結果といえる。
面接官:
なるほど(笑)。おもしろい考え方ですね。
ところで、他に面接を受けられているところはありますか?
すでに内定をもらっているところもあるのでしょうか?
ヤマダ:
はい。何社かとお話させていただき、私の多様な経験に大変興味を持っていただいています。皆さん、管理職は広い視野をもたなければいけない、と感じておられました。現在、結果を待っているところです。
ただ、私としては、業界のリーダーである御社に最も興味を持っています。
- 「他社との面接状況」を交渉決裂時の次善策(BATNA)として、うまく活用している。
面接官:
そう言っていただけると嬉しいです。今、35歳ですね。例えば、5年後の目標はありますか?
ヤマダ:
5年後には、マーケティングの管理職になっていたいと思っています。
できたら御社の、です。今まで、いろいろな経験を積んできましたが、今が特定分野に自分の専門を絞る時期と考えています。私の場合は、マーケティングですが、御社で実現は可能でしょうか?
- 自分の真剣さを伝えるとともに、うまく情報収集している。
面接官:
可能だと思います。当社では40代前半の管理職は多くいますから。では、本日は、お時間を取っていただき、ありがとうございました。結果については、追ってご連絡さし上げます。
ヤマダ:
こちらこそ、ありがとうございました。ご連絡をお待ちしております。
以上、【生産的交渉の基本(3)】次善策で自分を守る、をご紹介しました。
今日の内容は、Kisobiコンテンツプロデューサー高杉尚孝(ヘンリー高杉)の著書
実践・交渉のセオリー―ビジネスパーソン必修の13のコミュニケーションテクニック
をベースに作成しています。
- ビジネスモデルが会計の数字を決める(後編)|大津広一氏インタビュー - 2014年11月4日
- ビジネスモデルが会計の数字を決める(前編)|大津広一氏インタビュー - 2014年10月30日
- ビジネスリーダーになるには会計・財務スキルは必須 - 2014年9月12日