生産的な交渉の基本その4は、「現実的な目標設定と譲歩のしかた」です。
交渉には、必ず何かの目標や期待があるはずです。ただ、漠然とした目標しか考えていなかったり、非現実的な期待をもって、交渉に臨んでいないでしょうか?
交渉の目標値
「持ち家や車を売りに出す」、「家電量販店でパソコンを購入する」、などの場合の価格交渉を考えてみましょう。交渉にあたっては、どんな方でも、いくらで売りたい、買いたい、という目標値(期待値)をもっていると思います。
その期待値は、何となくこのくらいという人もいれば、具体的な金額を決めている人もいるでしょう。
交渉は、価格交渉のように、数字で目標を決められるものばかりとは限りません。それ以外の場合でも、全ての交渉において、明確な目標をもつようにしましょう。ただ、その目標が現実離れしたものであっては、相手にまともに取り合ってもらえません。
目標値の設定のしかたが、交渉の評価を左右する
では、目標値はどのように設定すればよいのでしょうか?
的確な目標値を決めるのはなかなか難しいものです。うまくいったと思っても、単に目標が低過ぎたということもあります。逆に、失敗したと思っても、目標が高過ぎただけで、実際には有利な結果であったということもあります。
理想的には、「目標値と交渉結果がぴったりと合う」のが良い交渉であるといえます。そのためには、相手や自分の状況に関して情報収集をした上で、客観的にみて妥当な範囲に目標値を設定するようにします。ただ、その範囲内でも、低い目標を設定すると、さらに譲歩してしまいがちです。多少高めの目標値を設定して、相手の反応を見ながら、少しずつ譲歩していくのがよいでしょう。
では、「目標設定と譲歩」に失敗した例をみてみましょう。
失敗例 Bad Example
<状況>
広告代理店の営業担当サトウさんが、広告主であるソフトドリンクメーカーのマーケティング部長イケダさんに、来期の広告プランの提案をしています。
サトウ:
これまでのお話を踏まえて、来期の広告プランを練ってきました。ターゲットにより効果的に訴求するために、インターネット媒体をいくつか増やしました。今までのテレビCMに追加する形となっています。
こちらがプランです。ご覧ください。
イケダ:
(プランを見ながら)なるほど。新しいネットメディアを3つ増やしてありますね。タイアップ広告の企画も付け加えてあり、いいですね。気に入りました。
サトウ:
気に入っていただけて、うれしいです。このプランを作り上げるのにはとても苦労しました。ネットメディアのほうが、テレビよりもターゲットを絞り込みやすく、異なる購買層向けに具体的なメッセージを届けることが可能になります。
イケダ:
そのとおりですね。よくできていると思います。ところで、このプランは、今期と同レベルの予算で実行できますか?
サトウ:
同レベルですか?それはちょっと無理かと。この新しいプランですと、予算的には、今期の約2倍は必要です。とはいえ、御社は当社のお得意様ですから、来期は5割増でなんとかさせていただきたく考えております。いかがでしょう、キツイでしょうか?
イケダ:
そう言わざるを得ませんね。このご時世、それが何であれ、5割増なんていうものは、役員会では絶対に承認されませんよ。ただ、申し上げた通り、企画の内容はとても気に入っています。他の代理店さんの提案よりもずっといいものだと思いますよ。
サトウ:
他社さんですか・・・。そうですか、それでは3割増ではどうでしょうか?
イケダ:
15%でしたらなんとか。これがベストでしょう。
サトウ:
そうですか・・・。それがベストであるということであれば、それで行くしかないでしょうね。
イケダ:
最高ですね。来年は素晴らしい年になりますよ。これは。
サトウ:
(沈黙)・・・。
どこがいけなかったのか?
広告代理店のサトウさん、広告主のイケダさんの要求に次々と屈してしまったという印象ですね。目標設定と譲歩のしかたという点から分析してみましょう。
非現実的な目標設定をしてしまった
現実的な相場観を欠いた提案は、相手にまともに取り合ってもらえません。この場合、「予算的には、今期の約2倍」「5割増」というのは、現実離れした要求であったといえます。
冒頭で「これまでの話を踏まえて」と言っているわけですから、可能であれば事前に現実的な範囲を探っておくべきでした。
代替案を準備していなかった
サトウさんは、広告プランを1つしか用意してきませんでした。案が1つしかない場合、それを受け入れるか、受け入れないかの意思決定になる可能性が高くなります。もし幸いに、その案が受け入れられたとしても、価格だけの議論になりがちです。
自分の提案に絶対的な自信があり、受け入れてもらえなければ仕事はしない、価格交渉にも応じない、という強気の交渉をされる方もいますが、多くの場合は、多少の譲歩をしたり、代替案を検討しながら、合意案に至ります。
交渉の過程は、問題解決の過程でもあります。そこでは、譲歩するしないにかかわらず、必ず複数の代替案を考えておくべきです。代替案があることで、お互いの満足度を高める交渉を行うことができます。また、単なる価格だけの議論から逃れることもできます。代替案がないと、相手に準備不足、分析能力がない、と思われたりしてしまうかもしれません。
簡単に譲歩してしまった
売り手が「本当は、今期の2倍するのだけれども、得意先なので5割増にしておきます」といってきた場合、買い手は「そもそも倍もするのだろうか?」「最初から5割も引いてくれるなら、もっと割引してもらえるのでは?」と勘ぐってしまいます。サトウさんは、これをやってしまいました。
こちらの信念を伝えるためにも、軽々しい譲歩は禁物です。
交渉の目標値と交渉結果を近づけるためには、多少目標を高めに設定しておいて、相手の反応を見ながら、少しずつ譲歩していきます。その際、相手からのプレッシャーに屈せず、客観的な基準や原則に基づいて譲歩すべきです。もし、自分が譲歩した場合は、相手からも同等の譲歩を得られるよう努力しましょう。最初から大きな譲歩をしてはいけません。相手に不必要な期待感を与えてしまいます。
当然のことながら、合意可能な範囲の下限、つまり「交渉決裂時の次善策」以下の合意案を受け入れるわけにはいきませんので、その場合は、決裂したほうがよいということになります。
では、これらの点を改善した成功例をみてみましょう。
成功例 Good Example
サトウ:
これまでのお話を踏まえて、来期の広告プランを3通り練ってきました。ターゲットにより効果的に訴求するために、インターネット媒体をいくつか増やしました。今までのテレビCMに追加する形となっています。
こちらが1つめのプランです。今日お持ちしたプランの中では最も盛りだくさんの内容です。ご覧ください。
- 3つの代替案の準備があることを伝えることにより、周到な準備をした印象を与えている。
イケダ:
(プランを見ながら)なるほど。新しいネットメディアを3つ増やしてありますね。タイアップ広告の企画も付け加えてあり、いいですね。気に入りました。
サトウ:
気に入っていただけて、うれしいです。このプランを作り上げるのにはとても苦労しました。ネットメディアのほうが、テレビよりもターゲットを絞り込みやすく、異なる購買層向けに具体的なメッセージを届けることが可能になります。
イケダ:
そのとおりですね。よくできていると思います。ところで、このプランは、今期と同レベルの予算で実行できますか?
サトウ:
同レベルですか?それはちょっと無理かと。この新しいプランですと、来期は40%増は必要です。
- 高めではあるものの、非現実的ではない価格増を低姿勢に、毅然と提示している。
イケダ:
やはりそうですか。このご時世、それが何であれ、役員会で4割増の提案について承認を得るのは困難を極めますね。無論、売上や利益が上がらない限りね。ただ、申し上げた通り、企画の内容はとても気に入っています。他の代理店さんの提案よりもずっといいものだと思いますよ。
サトウ:
同じコンセプトをもとに作成した別のプランがあります。こちらはテレビCMを多少減らすことによって、増額を3割に抑えてあります。御社にとってもお買い得かと思いますが、いかがでしょうか?
- 安易に譲歩せず、代替案を提示している。準備があるからこそ可能。
イケダ:
わかりました。これを役員会にぶつけてみましょう。このプランなら役員会を説得できると思います。
サトウ:
そうですか。よろしくお願いします。役員会を説得するにあたって、もし何か追加情報がご入り用でしたら、遠慮なくお申し付けください。
以上、【交渉力アップの基本(4)】現実的な目標設定と譲歩のしかた、をご紹介しました。
今日の内容は、Kisobiコンテンツプロデューサー高杉尚孝(ヘンリー高杉)の著書
実践・交渉のセオリー―ビジネスパーソン必修の13のコミュニケーションテクニック
をベースに作成しています。
- ビジネスモデルが会計の数字を決める(後編)|大津広一氏インタビュー - 2014年11月4日
- ビジネスモデルが会計の数字を決める(前編)|大津広一氏インタビュー - 2014年10月30日
- ビジネスリーダーになるには会計・財務スキルは必須 - 2014年9月12日