生産的な交渉の基本その5は、「沈黙は“禁”」「伝えるための強い意志」です。
交渉技術を学ぶ上で、便利なツールや戦術の習得のみに注力する傾向がみられます。ただそれだけでは、効果的な交渉を実践するには十分ではありません。
伝えるには強い意志が必要
英語の学習を考えてみましょう。いくら英単語や気の利いた表現をたくさん知っているからといって、それだけでは効果的なコミュニケーションはできません。交渉も同じです。もちろん、英単語や交渉術などをマスターすることはとても重要なのですが、それだけでは足りません。目的を達成しようとする「強い意志」があってはじめて、技術が効果を発揮します。
交渉において、相手の気迫に押されて、不利な条件で合意してしまったり、言うべきことを言えないで、交渉の目標を達成できなかった経験はないでしょうか?
効果的な交渉には、何よりも、自分のメッセージを相手に伝える「強い意志」が大切です。
では、「強い意志」を持てずに交渉に失敗した例をみてみましょう。
失敗例 Bad Example
<状況>
1週間のアメリカ旅行を終えたタケシさんは、サンフランシスコ空港に到着しました。なんとそこで、帰国予定の便がキャンセルになったことを知りました。
タケシ:
こんにちは。成田行き609便の予約チケットです。搭乗手続きお願いします。
窓口:
成田行き609便ですね。申し訳ございません。この便は機体の技術的な理由により、本日のフライトがキャンセルになりました。あちらのスクリーンにも「609便はキャンセル」と出ておりますね。
タケシ:
えっ、そんなはずは・・・。2日前に予約を確認したときには、スケジュールには何の変更もなかったはずです。キャンセルになったって、どういうことですか?飛行機がどうしたというんですか?
窓口:
申し上げましたように、609便は技術的な問題がありまして、運航を取りやめております。機体の胴体部分にひびが発見され、さらに操縦席のウィンドシールドの取り替えも必要です。
お客様のチケットは、あさって同目的地行き103便に有効でございます。
タケシ:
あさってですって?! とんでもない!今日、日本に出発しないと困るんです。明日、仕事に戻らないと困るんです。あさって、とても大事な会議があるんですよ!
窓口:
心中ご理解申し上げます。しかしながら、私どもはお客様の安全を最優先しており、この点はご理解いただけると思います。整備不良の飛行機を飛ばすなど絶対にできないことですからね。そうでございますよね?
タケシ:
もちろんそうです。それはわかります。でも、どこに泊まったらいいんだろう。上司になんて言えばいいんだろう・・・。
窓口:
近くのホテルをご紹介できます。2日間の滞在費はこちらが負担いたします。よろしいでしょうか?
タケシ:
はぁ、それじゃ待つしかないんですね・・・。
窓口:
これがホテルへの地図と、2日分のクーポンです。それではよい1日を。次の方どうぞ。
どこがいけなかったのか?
残念ながら、タケシさんは状況打破ができなかったようです。お気の毒です。では、この交渉、どこに改善ポイントがあるのでしょうか?
問題解決につながらないことに注力してしまった
タケシさんは、「2日前に予約を確認したときには、スケジュールには何の変更もなかった」とか「飛行機がどうしたというんですか」のような質問をしていますが、これは、飛行機が飛ぶことにはつながらない質問です。
機体不良で飛行機が飛ばないことは既に伝えられた事実であり、撤回不可能です。この内容を確認するのではなく、他のフライトを探し、あさっての会議に間に合うようにする、という方向で交渉を始めるべきでした。
思考停止に陥ってしまった
飛行機が飛ばないことが確認できた時点で、タケシさんは「どこに泊まったらいいんだろう」「上司になんて言えばいいんだろう」と、ダメージコントロールに関心が移ってしまいました。予期せぬ事態にショックを受け、思考停止に陥ってしまいました。
本来は、冷静に思考を継続することによって、ダメージ回避の可能性を探るべきでした。
早々にあきらめてしまった
タケシさんは、他のフライトを探す試みを忘れたばかりか、安易に2日後のフライトまで待つことを受け入れてしまいました。ダメージ回避の努力をしなかったばかりか、ダメージコントロールについても、正当な要求をせずに早々にあきらめてしまったわけです。
交渉において、沈黙は「金」ではなく「禁」です。相手に、自分の望んでいることを積極的に伝えなければなりません。そのためには、なんとしても自分のメッセージを相手に伝えるんだ、という「強い意志」が必要です。それを持つことにより、簡単に妥協や譲歩をしないという態度にもつながります。
では、これらの改善点を反映した成功例をみてみましょう。
成功例 Good Example
タケシ:
こんにちは。成田行き609便の予約チケットです。搭乗手続きお願いします。
窓口:
成田行き609便ですね。申し訳ございません。この便は機体の技術的な理由により、本日のフライトがキャンセルになりました。あちらのスクリーンにも「609便はキャンセル」と出ておりますね。
タケシ:
えっ、それは出発の遅れですか、それとも完全な欠航ですか?
- 冷静に状況を確認している
窓口:
フライト自体のキャンセルです。お客様のチケットは、あさって同目的地行き103便に有効でございます。
タケシ:
あさってですって?! それはまったく論外です。あさって東京で、とってもとっても大事な会議があるんです。あさっての出発は選択肢としてあり得ません。
- 「選択肢としてあり得ない」と言い切ることで、こちらの意志の固さを伝えている。
窓口:
心中ご理解申し上げます。しかしながら、私どもはお客様の安全を最優先しており、この点はご理解いただけると思います。
タケシ:
同情していただいて感謝します。しかし、同情だけでは目的地に到着できません。私が御社に期待するのは、今日か遅くとも明日出発の成田行きの別便です。他のフライトの予約状況を調べてください。
- ダメージ回避へ具体的な指示を出して、アクションをとってもらっている。相手は「いやだ」と言いにくいはず。
窓口:
ちょっとお待ちを。この時期は大変混雑しておりますので・・・。申し訳ございませんが、やはり直行便には空席がございません。
タケシ:
直行便である必要はありません。例えば、韓国ソウル経由ではどうでしょうか?または近隣都市経由であればどこでもいいんですけど。
- あきらめずに「直行便でなくても構わない」と切り返した。柔軟に代替案を提示できている。
窓口:
そうですね・・・。あっ、ありました。明日、午前10時発ソウル行き808便に空席があります。ソウルで324便に乗り換えれば、会議に間に合いますね。
タケシ:
よかった。この変更で追加料金は発生しないことを確認したいと思います。それから、今晩のホテル代と食事代のクーポンをお願いします。そうだ、スケジュールの変更を東京に説明する電話代のクーポンもお願いします。忘れるところでした。ホテルまでのタクシー代のクーポンもお願いしますね。
窓口:
はい、承知しました。どうぞ。
タケシ:
どうもありがとう。それじゃ、よい1日を。
以上、交渉力アップの基本(5)】沈黙は“禁”。伝えるための強い意志、をご紹介しました。
今日の内容は、Kisobiコンテンツプロデューサー高杉尚孝(ヘンリー高杉)の著書
実践・交渉のセオリー―ビジネスパーソン必修の13のコミュニケーションテクニック
をベースに作成しています。
- ビジネスモデルが会計の数字を決める(後編)|大津広一氏インタビュー - 2014年11月4日
- ビジネスモデルが会計の数字を決める(前編)|大津広一氏インタビュー - 2014年10月30日
- ビジネスリーダーになるには会計・財務スキルは必須 - 2014年9月12日