10月5日は、アップル創業者スティーブ・ジョブズの命日でした。アップルのWebサイトには、1周忌の追悼ビデオとティム・クックCEOのメッセージが掲載されました。
個人的にも、1年前の同じ日、「とうとうその日が来たんだ…」と相当落ち込んでいたのを思い出します。
特に思い出すのが、ジョブズのプレゼン。そのビジュアルプレゼンテーションの秘訣が解説されている書籍は多く出ており、スタイルをまねたプレゼンを見る機会も増えました。
ただ、ジョブズのプレゼンは見せ方のみが優れているのではないと思います。そのカリスマ性もさることながら、シンプルに研ぎすまされたプレゼンの構成や話の内容にも、人々を魅了する理由があるはずです。
それを確認できる良い例が、あの伝説のスピーチです。
ジョブズ伝説のスピーチ
昨年の死去以来、世界中のジョブズ・ファンが、彼の業績をたたえ、その思い出に浸りつつ、何度も視聴していたのが、以前にご紹介した2005年米スタンフォード大学卒業式でのジョブズ伝説のスピーチです。
(スピーチ動画はこちらの記事参照:
スティーブ・ジョブズ伝説のスピーチは最高のプレゼンテーション教材)
プレゼンの名手として名高いジョブズでしたが、このスピーチは製品発表のプレゼンではないため、内容やスタイルが異なります。スライドも製品も何も使いません。演台の前で話し続けるだけです。
簡単にどんな内容のスピーチかというと、自分の生い立ちから、ビジネスでの失敗、人生観などについて語り、最後に、有名になった「Stay Hungry. Stay Foolish.」のフレーズを3回繰り返して、これから社会に羽ばたく若者へのはなむけとしたものです。
1周忌ということで、改めてスピーチに聞き入るだけでもよかったのですが、プレゼン能力向上のプログラムを提供するKisobiとしては、折角なので、なぜこのスピーチが人々を魅了するのか、その理由について分析してみたいと思います。
Kisobiコンテンツプロデューサーで、「実践・プレゼンテーションのセオリー」などプレゼンテーション関連の著作や研修実績も豊富な高杉尚孝(ヘンリー高杉)の分析を基に、ご紹介します。
ジョブズ伝説のスピーチが人々を魅了する理由
ジョブズのカリスマ性、話し方、身振り手振り、言葉遣いなど、卓越した表現能力の高さは言うまでもありません。
では、パフォーマンスのみが優れていたのかというと、スピーチの内容や構成の面からみても、実に基本に忠実に、シンプルにうまくまとめられています。これは、ジョブズがプレゼンやスピーチに臨む際は、相当の準備をしていたと言われていることを反映しています。
プレゼンやスピーチのパフォーマンスは、他の人がマネするのはなかなか難しいものの、内容や構成デザインは、適切なやり方で組み立てれば、誰しもがきちんとしたものを作ることができます。ジョブズのスピーチを題材として学ぶために、内容や構成の面でどこが優れてるのか、その理由を分析してみました。
高杉の分析によると、以下の3つのポイントにまとめられます。
1.シンプルな構造に仕立てている
2.分かりやすい説明をしている
3.全体を通して信頼できる本物の内容になっている
では、それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
1.シンプルな構造に仕立てている
このポイントは、スピーチ全体の構成についてです。
以下の3つの特徴が見られます。
・独立した3つのストーリーによってできている
・時系列的展開で自然な流れになっている
・独立した(おまけ)のストーリーで締めくくっている
独立した3つのストーリーによってできている
「点をつなげる」「愛と喪失」「死」の、それぞれ独立した3つのストーリーで構成されています。スピーチ時間とのバランスから、多すぎず、少なすぎず、適度なボリュームの構成です。
時系列的展開で自然な流れになっている
1つめのストーリーは、ジョブズの誕生から大学入学、中退、そしてアップル創業前までの話。
2つめは、アップルの創業、追放、NeXTやピクサーの創業、結婚、そしてアップルへの復帰。
3つめは、「がん」と宣告されたものの、奇跡的に手術によって回復し、「死」について改めて深く考えるようになった現在。
このように、3つのストーリーが、人生の時間軸に沿って展開されているため、聴衆は違和感なく自然な流れで聴くことができます。
独立した(おまけ)のストーリーで締めくくっている
冒頭で、3つの話と言っていたので、3つめのストーリーで終わると思いきや、(One more thing とは言わないものの)ひと呼吸おいて、最後に、ジョブズお得意の「おまけ」が登場します。
Stay hungry. Stay foolish. のメッセージです。
3つめのストーリーは、「死」という重たいテーマでしたが、最後は、そこから離れて、「夢」や「希望」を感じさせるストーリーを展開しています。これから社会に踏み出す卒業生達にとって、明るい未来に希望を持ちつつ「Stay hungry. Stay foolish. 」で生きていって欲しい、と伝えるような、このスピーチの締めくくりに相応しい内容です。
2.分かりやすい説明をしている
このポイントは、スピーチのメッセージの伝え方についてです。
以下の3つの特徴が見られます。
・最初にアウトラインを明確に伝えている
・ストーリー開始と終了を明確に伝えている
・ストーリーのテーマ/メッセージを始めと終わりに確認している
最初にアウトラインを明確に伝えている
“Today I want to tell you three stories from my life. That’s it. No big deal. Just three stories.”
「今日は、皆さんに私の人生から、3つのお話をします。ただそれだけです。大したことはありません。3つの話だけです。」
上は、冒頭のあいさつの後の言葉です。卒業式でのスピーチなので、最初に結論をまとめたり、3つの話の概要を述べたりはしていませんが、「自分の人生から」と「3つ」ということをしっかりと印象づけています。
ストーリー開始と終了を明確に伝えている
例えば、1つめのストーリーでは、
“The first story is about connecting the dots.”
「1つめの話は、点をつなげる、です。」
から始まり、最後の段落では、聴衆である卒業生へのアドバイス的な内容で締めくくります。
他の2つのストーリーも、同じパターンで、ストーリーの始まりと終わりが分かりやすく伝えられます。
ストーリーのテーマ/メッセージを始めと終わりに確認している
1つめでは、「点をつなげる」で始まり、「点は予めつなげることはできない。点はいつか自分の将来でつながると信じなければならない」で結んでいます。
2つめでは、「愛と喪失」で始まり、「愛すべき仕事を探し続けなさい」で結びます。
3つめでは、「死」で始まり、「時間は限られている。無駄に他人の人生を生きてはならない」と最後の段落で話しています。
ストーリー毎に、最初にそのストーリーで伝えたいテーマやメッセージを伝え、最後にそれを改めて確認して締めくくるというスタイルです。プレゼンで1枚のスライドを説明するのと同じ順序です。
3.全体を通して信頼できる本物の内容になっている
このポイントは、スピーチの内容についてです。
以下の3つの特徴が見られます。
・内容の全てが自分の人生経験/原体験に基づいている
・重いテーマをユーモアを折り込みながら前向きに捉えている
・押売にならないように、聴衆とつながりながら「希望」を持つことの意義を伝えている
内容の全てが自分の人生経験/原体験に基づいている
なぜこの内容を選んだのか?については、本人でなければ分かりません。テクノロジーの話や、アップルの製品開発ストーリー、などではなく、自分の人生、しかもどちらかと言えば、ネガティブなストーリーを盛り込んだ内容です。想像ですが、社会人として新たな人生のスタートを切ろうとする卒業生にとって、自分の人生について聴いてもらうことが、一番意味があると考えたのではないでしょうか。
高杉の話によると、一般的に、場面、人を問わず、自分の体験を共有するのは効果的です。ただし、自慢話などのように共感しにくい内容では逆効果です。失敗談は問題が少ないと思いますが、成功体験を語る際には注意を要します。
重いテーマをユーモアを折り込みながら前向きに捉えている
例えば、3つめの「死」についてのストーリーの中で、
“even the people who want to go to heaven don’t want to die to get there”
「天国に行きたいと思っている人でも、そこにたどり着くために死にたいとは思わないでしょう」
“Death is very likely the single best invention of Life.”
「死は、おそらく生命の最高の発明」
のように話しています。
2つめのストーリーでも、「アップルを追放されなかったら、今のようなことは起こらなかった。苦い薬だったが、患者には必要だった」のような表現で、挫折を前向きに捉える姿勢が見られます。
押売にならないように、聴衆とつながりながら「希望」を持つことの意義を伝えている
アドバイスも、相手との「つながり」が薄ければ、「押し売り」に感じられてしまいます。
例えば、最後のおまけストーリーの中で、
“It was sort of like Google in paperback form, 35 years before Google came along”
「グーグルが登場する35年も前の、ペーパーバック版グーグルとでも言うべきもの」
“It was the mid-1970s, and I was your age. ”
「それは、1970年代の中頃で、私が皆さんと同じ年頃のころ」
と、聴衆と自分や自分の話とのつながりを感じさせています。
その上で、Stay hungry. Stay foolish.というちょっと逆説的なフレーズを、希望に満ちて社会に踏み出す卒業生へのはなむけの言葉としています。
例えジョブズといえども、卒業生から見れば、かなり年齢が上の世代の人物です。そのような人の話を聴いても、自分には関係ないとか、説教臭いと感じてしまうでしょう。それに配慮して、卒業生と同じ大学発のグーグルに例えたり、自分が同じ年頃のころ、と付け加えたりしたのではないでしょうか。
以上、スティーブ・ジョブズ伝説のスピーチが人々を魅了する理由について分析してみました。
ストーリーの内容は別として、何か特別な秘密がある訳ではなく、基本を押さえたシンプルなスピーチの構成を練り上げていたことが分かります。
これなら、私たちにもできないことではないですね。マネから始めても構わないと思います。
ただ、ジョブズがここまでまとめるには、何度も推敲を繰り返し、幾度もスピーチの練習を重ねたはずです。それを忘れてはいけません。
最後に、改めて、スピーチ動画を見てみたいという方は、コチラの記事に掲載してありますので、ぜひご覧になってください。
スティーブ・ジョブズ伝説のスピーチは最高のプレゼンテーション教材
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