「27年もの間、投獄されていたのになんと穏やかな雰囲気の人なのだろう。」
当時ニューヨークで働いていた私は、1990年6月の歓迎パレードでのマンデラ氏が浮かべていた彼のおおらかな笑みを見てそう感じたのでした。
アパルトヘイトを乗り越え、「自由と平等による人種の融和する国を平和的につくろう」という彼の思いを情熱的に世界に訴えました。
凡人であれば、穏やかさなどどこかに吹っ飛び、圧制者への敵意や憎しみから攻撃的な復讐行動に訴えてもおかしくなかったでしょう。(マンデラ氏のスピーチはコチラ:Listen to Mandela’s Historic Speech at NYC City Hall )
その後も、彼は穏やかさ中に秘められた強力な思いを粘り強く追求し続けました。
「穏やかさ」と「強い思い」の同人物内の共存。
当時の私には両者の共存は、折り合いのつかない矛盾のように思えました。
なぜなら、穏やかであれば強い思いを持てず、反対に強い思いを抱くと攻撃的になると思えたからです。
四半世紀の時を経て今、何となくそれを理解できるようになりました。
それは、
「理想と現実のギャップを自分がいかに捉えるか」
にあるのではないだろうかと。。。
四世紀にわたる「白人による支配と差別」という当時の南アフリカの現実と、「自由と平等による人種の融和」という理想とのギャップはあまりにも大きいものであったに違いありません。
「このような現状は、絶対にあってはならない耐え難い最悪の事態だ。絶対に許しえないし、まったく受入れられない。是が非でも直ちに正されねばならない!」
とギャップの存在自体を拒絶し、瞬時の解決を要求したくなります。理想への思いが強ければ、なおさらです。
心底こう考えると、
「この耐え難い最悪の事態をもたらしたのはどこのどいつだ!絶対に許せない!」
と怒りや憎しみに燃えて犯人探しを始める方向にひとを駆り立てます。行動は攻撃的となり、気がつくとテロ行為に至る可能性が高くなるでしょう。
または逆に、
「このギャップはあまりにも大きすぎる。なにをやっても無駄だ。どうにもならない!」
と絶望して落ち込んでしまうかもしれません。そうなれば前向き行動を含め、すべての行動をあきらめることになるでしょう。
どちらにしても、穏やかに強い思いを粘り強く貫くなど不可能に近くなります。
実は、穏やかさと強い思いとの同人物内の共存は、この「現実と理想との大きなギャップ」を冷静に捉えることで可能なのでは、と思うようになりました。
つまり、
「どんなに現状が悲惨であって理想とのギャップが大きくても、それを現実として受け止めよう。無論、黙認したり、容認したりはしないものの、事実として受入れざるを得ない。事実、そこにあるのだからして。しかしそれは、確かに理想からはかけ離れてはいるものの、改善可能な状況であるはずだ。もちろん、時間はかかるだろうがなんとかなるはずだ。」と。
このように、理想と大きなギャップのある現状を冷静に捉え受け止めることで、穏やかに平常心を保ちながら、彼は燃え尽きることなく粘り強よく強い思いを貫くことができたのではないだろうかと。
思うに、ガンジーやキング牧師のような偉大なリーダー達も、無論容認はしないものの、理想からかけ離れた現状を事実として受入れていたからこそ、攻撃的になったり、逆に燃え尽きたりすることなく、粘り強くそれぞれの強い思いを追求しつづけることができたのかもしれません。
2013年12月5日。
私たちは世界の偉大なリーダーを失いました。
by 高杉尚孝(たかすぎひさたか)
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