以前、米国のオンライン教育サービスについてのまとめ記事を書いてから、1年近くになる。
その間、主に大学の講義配信サービスの総称として使われる「MOOC」または「MOOCs – Massive Open Online Courses」(ムーク(ス)と発音するらしい)という言葉も、日本のメディアでも多く採り上げられるようになった。
この米国の大学を中心とした動きは、世界中に広がりつつあり、今年2月には、東京大学が主なMOOCsの一つであるCoursera(コーセラ)で、5月には、京都大学がedXで、英語の講義を配信することを発表し、話題となった。
そして、いよいよ本日9月3日から、Courseraで、東京大学 村山斉・カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長・特任教授の
(From the Big Bang to Dark Energy)
の配信が始まる。
講義の紹介動画は、かなり力が入っており、宇宙の起源について興味を持つ人には面白そうな講義である。
東大でCourseraプロジェクトを推進されている山内祐平・東京大学大学院准教授のブログによると、事前登録者は3万人を越えているとのこと。今朝の日経新聞によると、3.8万人が登録したらしい。今後の展開が楽しみである。
このような動きは、大学の授業だけの話のように思っている人も多いかもしれない。実際には、今後の教育や学習のあり方を変える流れに繋がっており、もっと多くの人に影響のある話である。学生だけでなく、社会人もしかり。
今日は、改めて、MOOCsなどのオンライン教育サービスの現状、課題、企業との関わりについてまとめ、この米国発信の教育革命の動きを理解してみたい。
オンライン教育サービスの現状
MOOCs/オンライン教育サービスの現状は、その定義、歴史、事例などを含めて、北海道大学情報基盤センターの重田勝介准教授のプレゼンスライドにコンパクトにまとめられているので、これを参照するのが分かりやすい。
言語の問題もあるためか、日本では、MOOCsはまだ普及してきているとはいいがたい。
ただ、世界全体で見ると状況は異なる。
重田准教授のスライドのデータなどによると、Courseraは400万人以上、edXは120万人が受講している。
大学の講義配信ではないが、注目のオンライン教育サービスであるKhan Academy(カーン・アカデミー)では月間600万人が受講しているようだ。
Massive(大規模な)と名付けられている通り、これらのサービスの規模は、一つの大学の講義の規模を遥かに越えている。
このようなMOOCsと呼ばれる大規模な教育サービスが広がってきたのは、ここ数年の話である。
eラーニングは、パソコンが普及した時代から存在するし、大学の講義をインターネットを使って配信する試み自体は、10年以上前から始まっているにもかかわらず、今、MOOCsが普及してきたのには理由がある。
MOOCs登場の背景には、次のような点が大きいと思う。
・大学の授業内容を、誰でも受講可能にしている
・基本的に、無料で受講できる(修了認定証などは有料の場合あり)
・単に講義動画を公開するだけでなく、レポートを提出したり、コミュニティで議論したりと、実際のクラスに近い仕組みを提供している
・多くの大学が参加しており、講義の種類と量が増えている
・インターネットでの高速通信や、ノートPC、タブレット端末の普及、などオンライン学習に適したインフラが整ってきた
・クラウドなどIT技術の進化により、動画の配信やWebサイト運営のコストが大幅に下がった
・MOOCsベンチャーをVCが支援しており、各社サービスが充実している
これらに加え、米国の大学の授業料・運営費などの問題などが背景にあると言われている。
MOOCsの課題
MOOCsが広まるにつれ、その問題点も話題に上るようになってきた。
新しく登場した仕組みやサービスには、批判が付きものではあるが、主要なものについて採り上げてみたい。
1)ビジネスとして成り立つのか?
これは、MOOCsが、基本的に無料で講義を提供していることから、当然のように言われる批判である。
日本でも、ビジネス・ブレークスルー大学のように、営利企業が運営するオンライン大学は存在する。オンライン大学は、通学型の大学よりは低料金かもしれないが、授業料を集めて運営し、経営を成り立たせている。
一方、MOOCsは、これとは仕組みが異なる。
CourseraやedXのようなMOOCsサービスは、複数の大学のオンライン講義を配信するプラットフォームであり、大学そのものではない。コンテンツとしての講義を提供するのは、そこに参加する各大学である。当然、従来の大学やオンライン大学とは収益構造も異なる。
MOOCs参加大学のビジネスは別として、MOOCsサービスプロバイダーのビジネスモデルは、インターネット系サービス企業の考え方に近い。
つまり、なるべく多くの利用者、参加大学を集めることにより、
・利用者ではなく、その利用者にアプローチしたい企業に課金する
- 例)受講者を人材が欲しい企業に紹介する
・高付加価値のサービスを利用したい人にのみ課金する
- 例)修了認定証を有料で発行する
・プラットフォーム利用料や制作代行費を、コンテンツ提供者に課金する
- 例)参加大学から、システム利用料をもらう
1利用者あたり、1大学あたりの売上は小さくとも、数が集まれば、大きな売上になる。
また、コスト面では、大規模に運営することにより、一人当たりのサービス提供コストを下げる効果がある。
ただ、現時点では、まだ十分な売上があるとは言えないため、本当にMOOCsがビジネスとして成り立つのかは不透明である。
2)MOOCsの授業の学習効果が低いのではないか?
通学型の大学が、全く同じ講義をMOOCsで配信する場合、その学習効果は気になって当然である。
参加大学の中には、MOOCsの学習効果について、実験結果を公表している所もある。
シリコンバレー在住のジャーナリスト瀧口範子さんのコラム(日経PCオンライン)で、MOOCsの一つUdacity(ユダシティー)がサンノゼ州立大学と共同で行った実験で、オンライン講義だけを受けた学生のテスト合格率が、キャンパスで授業を受けた学生と比べて低かった、という結果が出た紹介されている。
また、MOOCsのコースの修了率は、10%以下とも言われている。
MOOCsでは、ワンクリックで受講登録ができるなど、誰もが気楽に受講できる割には、講義の内容はハードなので、修了率の低さは理解できる。
ただ、オンライン講義であるために、受講を継続できなかったり、理解が不足してしまうことも考えられるため、コンテンツの内容や提供の仕方には、今後の改善が期待されている。
通学型の大学では、事前に講義ビデオで知識を学習し、授業では演習やディスカッションを行う、反転授業の試みや、オンラインと対面学習を混ぜたブレンド型学習の試みなども行われている。
他にも、オンライン講義で大学の単位を認めるのか、受講者の本人確認可能なのか、などいろいろな問題はあるが、少しずつ解決されつつある。
企業とMOOCsの関わり
最初にも書いたとおり、オンライン教育は、学生向けに限定した話ではない。
自らMOOCsで講義を受講している社会人を除けば、現時点でMOOCsと企業の関わりはそれほど多くない。
その中でも例を挙げるとすれば、 1つは、MOOCsが企業に人材を紹介し、ジョブマッチングを行うという話。
企業視点で見ると、応募してきた人材を数回の面接のみで判断するのと比べれば、MOOCsで優秀な成績を収めている受講者にアプローチしたほうが効率がよい。
もう1つは、企業の人材育成プログラムの一環として、MOOCsを利用する話。
Courseraのリリースによると、米Yahooは、従業員がCourseraのコースを受講して、修了認定証を得た場合、金銭的な負担をするようだ。これよって、従業員が積極的に学習することを推奨している。
以上、オンライン教育サービスの現状、課題、今後の可能性などについてまとめてみた。
日本でも、当サイトKisobiを含め、オンライン教育サービスへの取組みは広まってきているが、大学など教育全体を含めた動きは、米国と比べるとかなり遅れている。
今日から東大の講義がCourseraで配信される。
このことには、賛否両論あるようだが、検討ばかりして何も進まないよりは、実際に飛び込んでみて実験を繰り返し、ノウハウを貯めていくことが近道だと思う。
その意味では、今日のはじめの一歩は大きい。
(続編記事)日本の大学のMOOCへの取組み|東京大学、京都大学などの動き
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